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最高裁判所第一小法廷 昭和50年(行ツ)38号 判決

上告人 安藤貞子 ほか四名

被上告人 西宮税務署長

訴訟代理人 平塚慶明

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人小倉武雄、同青野正勝、同山崎吉恭、同久保田徹、同安田健介、同松本理の上告理由第一点について

確定申告書に租税特別措置法(以下、措置法という。)三八条の六(昭和四〇年法律第三二号による改正前のもの。以下同じ。)一項ないし三項の適用を受けるための所要事項を記載しなかつた場合において、右規定の適用を受けるためには、確定申告書に所要事項を記載しなかつたことにつき、やむを得ない事情があると認められる場合でなければならないところ(同条四項後段)、本件において、やむをえない事情があると認められないことは、後記上告理由第二点についての説示のとおりであり、したがつて、亡安藤正夫(以下、亡正夫という。)が本件更正処分を受けるまでに法定の書類を提出していたとしても、前記規定の適用を受けられないことは明らかであつて、所論の嘆願書の形式・内容について税務職員の適切な指導・助言がなかつたことと右規定の適用が認められなかつたことの適否とはなんら関係がないというべきである。それ故、税務職員が嘆願書の形式・内容につき適切な指導・助言をしなかつたことを理由として、前記規定の適用を認めなかつた原審の判断を非難する所論は、その前提を欠き、失当である。論旨は、採用することができない。

同第二点について

亡正夫が昭和三九年分の確定申告書に措置法三八条の六の適用を受けるための所要事項の記載をしなかつたことにつきやむをえない事情があるとは認められないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第三点について

過少申告加算税は、修正申告書の提出があつたときでも、原則としては、賦課されるのであり(国税通則法六五条一項)、その提出が、その申告に係る国税についての調査があつたことにより当該国税について更正があるべきことを予知してされたものでないときに、例外的に、課せられないこととされているにすぎないのである(同条三項)。原審が確定した事実によれば、亡正夫が嘆願書を提出したのは、すでにその申告にかかる昭和三九年分の所得税について調査を受けたのちであつたというのであり、仮に、税務職員の適切な指導・助言により、亡正夫が、嘆願書を提出した時期に修正申告書を提出していたとしても、更正処分を受けるべきことを予知してこれを提出したことになるものというべきであつて、過少申告加算税の賦課を免れないところであるから、亡正夫が所論の事由により修正申告をすることができなかつたことと本件過少申告加算税の賦課の適否とは、無関係というべきである。したがつて、亡正夫が所論の事由により修正申告をすることができなかつたことを理由として、本件過少申告加算税の賦課を適法とした原審の判断の違法をいう所論は、その前提を欠き、失当である。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で(主文のとおり判決する。

(裁判官 団藤重光 下田武三 岸盛一 岸上康夫)

上告理由

第一点原判決は、正夫が昭和四一年一一月一〇日西宮税務署あてに提出した嘆願書は置換資産の特定がなされておらず措置法の適用を受けるべき形式、内容を備えていない、と認定している。

しかし右嘆願書の不備は、公務員たる税務職員が国民たる正夫になすべき、親切に不備を指摘して不備のない書面になるよう指導助言するという最少限度の奉仕さえ怠つた結果であるから、右嘆願書が不備であるとして措置法の適用を排斥することは許されないと考える。

そもそも公務員は国民全体の奉仕者でなければならない(憲法一五条二項、国家公務員法九六条)し、なかずく国民が何ら対価を与えられることなく一方的に金銭を出損する納税義務を負担し、しかも右納税義務を自ら申告して履行しなければならないのに税法規定たるやその理解の困難なことは公知の事実というべきであることに鑑み、納税者と応対する税務職員は納税者が誤りなく納税申告をなし、必要書類を提出することができるよう親切で適切な指導助言等の奉仕をすることが不可欠の職務内容となつているのである。

従つて、税務職員が納税者に何ら適切な指導助言等の奉仕をせず納税者が不備な書面を出しているのを指摘もせずに放置したまま行政庁が全く不意打に納税者に更正処分をなすことは違法である。

正夫は本件昭和三九年度の前年度の昭和三八年度分についても不動産を譲渡したが事業用資産の買換をしたため措置法の適用を受けて譲渡所得はなかつたことになつたものであるが、右不動産の譲渡が措置権によつて制限された土地であつたので売却代金を底地分と借地分に分けて正夫は底地分を取得し借地権者が借地分を取得したので正夫の譲渡収入は当然底地分だけであつて売却代金全額でなかつたが、正夫が当初誤つて売却代金全額を譲渡価格として申告してしまつていたので税務職員と正夫との間で種々折衝し、その結果正夫の譲渡収入は底地分だけとされたものである。

それにともなつて正夫は昭和三八年度分の買換資産が譲渡収入をはるかに超えるので譲渡収入に見合う分だけ特定してもらえば、その余の買換資産は昭和三九年度の本件譲渡資産に対応する買換資産になるから昭和三八年度分の買換資産特定につき指導助言を得たい旨税務職員に依頼をしたのである。

この依頼は昭和三八年度分の買換資産が申告書記載の物件と相当変更がなされているので実際に買換した資産を申告するから確認してほしい旨の意味も含まれており、正夫の右依頼に対しては税務職員は確認を約束したので正夫はこれに期待して確認を待つていたものである。

それにもかかわらず、税務職員は約束を履行せず親切に昭和三八年度分の買換資産の特定ができるよう指導助言することをしなかつたので、正夫は本件昭和三九年度分の買換資産の特定もすることができなかつたものである。

しかるに原判決が嘆願書は措置法の適用を受けるべき形式、内容を備えていないと認定したことは憲法一五条二項、国家公務員法九六条の解釈適用を誤つたもので破毀を免れない。

第二点原判決が、正夫が昭和三九年度確定書に譲渡資産、買換資産の記載をしなかつたことについてもやむを得ない事情があるとは認められないと認定したことは、措置法にいう「やむを得ない事情」の解釈を誤り、経験法則に違背する事実認定をしたためであるからこの点においても原判決は破段を免れない。

すなわち、「やむを得ない事情」の法解釈について考えるに、「やむを是ない事情」の存否は、譲渡資産と置換資産が実体的に存在していること、すなわち租税実体法において租税を納付しなくてもよい場合が前提であることを特に念頭に置いて考えてみなければならないのである。

実体的に納税義務がない場合において、確定申告書に記載する手続を失念した場合でも実体的納税義務がないのであるから、なんらかの救済措置が必要である。しかして救済するための要件として「やむを得ない事情」が定められたのであるから、その立法趣旨から、解釈は拡張的になされなければならないし、事実認定にあたつては「疑わしき納税者の有利」に認定されなければならない。

前記法解釈ならびに事実認定の態度をもとに本件をみるに、正夫の経営する訴外日本急送株式会社が昭和三九年度確定申告をなした昭和四〇年三月一五日後の同年四月に会社更正法の適用申請を行うほど右確定申告時には経営が悪化していたことは原審の確定した事実であること、不動産の譲渡が対税上隠すことの不可能なことは公知の事実であること、この二点において、正夫が確定申告書に譲渡資産、買換資産を記載しなかつたのは訴外会社の悪化した経営をたてなおすため日夜奔走していたため記載を失念したものと認定することが経験則上当然であり、「やむを得ない事情」の存在は当然認められるべきである。

第三点措置法適用のための第一点、第二点が仮りに認められないとしても、すくなくとも正夫が修正申告をしなかつたについては正夫に責を負わせるべきでなく税務職員の責に帰せられるべきであるから、修正申告がなかつたことを理由として罰則的意義を有する加少申告加算税を正夫に賦課した被上告人の処分は違法であることを免れない。

すなわち、正夫は措置法の適用を受け得るものとの前提のもとに嘆願書の提出をなしたものであるから、このようなときに正夫が任意に修正申告をなすことを期待することは不可能である。

したがつて、原判決の「修正申告は税務職員からの勧告がなくても、納税者が進んですべきものであつて、正夫が昭和三九年度の確定申告書に譲渡所得の記載がなされていなかつたことを本件更正処分前に知つていたことは控訴人らの自認するところであるから、修正申告をしなかつたことを税務職員の責に帰することはできないというべきである」との論断はきわめて不当というべきである。正夫は、措置法の適用を受け得るとの前提のもとに、嘆願書を提出したのであるから、もし措置法の適用が受けられないのであれば税務職員はその旨正夫に明示し、修正申告をなすよう指導、助言をなすべきことは憲法一五条二項ならびに国家公務員九六条に定められた税務職員の最少限度の義務であるから、正夫が修正申告をしなかつたからといつて罰則的意味を有する加少申告加算税を同人に賦課することは違法であることは明らかであるから、原判決はこの点においても破毀を免れないものである。

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